趙樹理と「小二黒の結婚(原題:小二黑结婚)」

 中国建国(1949年)前後に農民文学の旗手としてその名を馳せた作家として、趙樹里がいます。1906年山西省沁水の生まれ、1970年、文革の迫害により命を落としました。生涯に発表した作品数は多くはありませんが、解放前後の中国農村における人々の動きを明るく軽妙な筆致で描写した作風で知られています。

 趙樹里の作品は、中国現代文学(中国での伝統的な分類法では1917年から1949年までの作品)の範疇に属します。中国の当時の時代背景と併せて読めば、さらに面白さが増しますが、短編小説「小二黒の結婚(小二黑结婚)―1943年発表」は、そのような時代背景に関する知識を抜きにしても純粋に興味深い作品であると言えます。

 日々の暮らしにあえぐ農民が、迫りくる社会的変化(軍閥間の戦争、国共内戦、日本との戦いに加え、新しい風潮も)を背景に、農村に古くから存在する慣習や迷信を打破し、同時に地主やその取り巻きといった既得権益を守る勢力との戦い、その結果、このような支配者や悪徳勢力が農村から一掃され、不当な扱いを受けていた農民が農村運営の主導権を手にする、というのが物語の骨格です。典型的かつ、予定調和的(正義が勝利しハッピーエンド)な結末が予測されることもありますが、この骨格に肉付けされた登場人物の性格設定やユーモアもある筋立てが小気味よいテンポで展開するので、途中で飽きてしまうことがありません。

 山西省の劉家峧という村で民兵隊長の小二黒と聡明な村娘の小芹は、互いに惹かれ結婚を目指していますが、そこに行きつくまでが山あり谷ありです。小二黒の父親の二諸葛は行動規範を占いに頼るような人物で、相性が悪い(命相不对)としてこの結婚に大反対、息子に相談もなく、食うに困った難民から12歳の娘を童養媳(トンヤンシーつまり許嫁)として譲り受けてしまい息子と大喧嘩。小芹の母親の三仙姑もこの結婚に大反対。三仙姑は嫁入り後30年経っても若作り、派手な化粧と服装で村の若い男衆を呼び集めて騒ぐことがやめられず、小二黒がお気に入り。毎月2回、神が自分に憑依したと称して(このインチキはとっくに村人にばれていますが)、怪しげなお告げを伝えています。ところが最近、村の若者が寄って来るのは、娘の小芹見たさだと気づき、加えて小二黒を小芹に取られるのが面白くない三仙姑は、妻に先立たれた退役軍人が小芹を見初めた話に飛びついて小芹を嫁がせようと画策し(理由は前世からのご縁がある―― 前世姻缘)結納を受け取り、勝手に結婚を決めてしまい、小芹と大喧嘩。一方、前の村長の息子である金旺(横暴な性格と悪事三昧で、兄の興旺と共に村の鼻つまみ者)は、所帯持ちにもかかわらず小芹にちょっかいを出し、却ってやり込められた腹いせで小芹を恨み、仕返しを決意します。ある日、小二黒と小芹が婚姻の算段を相談していると、金旺と一味が現れ、理由もなく二人を縛り上げ、区(村より上級)の役所に連行してしまいます。さて、物語の最終幕、区政府(区長)側の大岡裁きとなります。婚姻は本人同士の自由意志だと、二人の結婚は認められ、金旺興旺は拘留されます。神憑り専売の二人の両親は、区長の説得を受け、しぶしぶ二人の結婚を承諾し、トンヤンシーも、結納も取り消し。この大騒ぎを経て神や占いのご託宣や若作りもやめ、おとなしくなります。村の群衆大会で金旺興旺はこれまでの数々の悪事が日の下にさらされ、その結果、県で裁かれ懲役15年を言い渡されます。二人はめでたく結婚しました。最後に村の子供達が、神憑り二人に「前世からのご縁――前世因縁」と「相性が悪いーー命相不对」を綽名として奉った、という皮肉なオチが付きました。さて、最後に物語の原文書き出しを紹介します。中国の民間文芸の一つである評書(日本の講談にような語り物)のようにすっきりとした言い回しとぜい肉をそぎ落とした小気味の良い表現になっています。

 刘家峧有两个神仙,邻近各村无人不晓:一个是前庄上的二诸葛,一个是后庄上的三仙姑。二诸葛原来叫刘修德,当年做过生意,抬脚动手都要论一轮阴阳八卦,看一看黄道黑道。三仙姑是后庄于福的老婆,每月初一十五都要顶着红布摇摇装扮天神。

 (劉家峧の二人の「神憑り」、隣近所の村でも知らぬものとていない。一人は前荘の二諸葛、一人は後荘の三仙姑。二諸葛はもともと劉修徳と称するが、その昔、商売を齧ったせいか、やることなすこと何でも陰陽八卦にすがり、吉か凶かを確かめる。三仙姑は後荘の于福の女房。毎月初と十五日に赤いベールを被り、大袈裟に身体を揺り動かして天から降臨した神に成り切るのが生業。)という書き出しです。だから、次はどうなる、何が起こるのか、と期待を持たせる導入表現が非常に巧みです。是非、一度原作をお読みいただいてはいかがでしょうか。

(藤野 記)