春節への思い

 2020年1月25日は、春節であった。

 春節は中国の「旧正月」で、農歴正月元日に当たる。季節は冬の終わり、春の初めに当たるため、「春節」と呼ばれている。まさに、「The Spring Festival」と言うわけである。昔から、みんなが待ち望む一日だった。というのは、子供にとって美味しいものを食べられ、新しい服も拵えてもらえる時だったからである。中国の伝統祭日の中で最も重要でかつにぎやかなもので、国の祝日にもなっており、前日の日から七連休になる。

 昔は、春節の期間はかなり長く、臘月(ろうげつ、農歴の12月)23日から(一説では同8日から)、年明けの正月15日元宵節までの一か月弱だった。もちろん、忙しい現代人にとっては、ゆっくりと長々と祝うことは無理で、また贅沢なことでもある。

 「春節を祝う」ことを「過年」(年越し)とも言う。臘月の23日から、春節を迎える準備活動が始まる。家の大掃除をしたり、正月用品を買ったり、窓に切り紙を貼ったり、「年画」(正月に家や門口に飾る版画)を掛けたりする。

 「春聯」(しゅんれん)を貼るというのも風習の一つである。「春聯」とは赤い紙に各種縁起の良い対句やめでたい詩文を毛筆で書いたものをいい、家の入口の戸の両側などに貼る。詩の韻律に倣って七言か五言のものが多い。筆者が好きなものには「天増歳月人増寿、春満乾坤福満門」(天は歳月を増し、人間は寿を増す。春は乾坤<けんこん>に満ち、福は家に満つ)という一句がある。また、「爆竹声中一歳除、春風送暖入屠蘇」(爆竹が鳴り響く中で一年が終わりを告げ、春風が暖かさを屠蘇の中に吹き込んでくる)もよく見かけるものである。

 書道の得意な人は、春節になると、隣人や親せきの人に頼まれて、春聯の執筆に明け暮れる光景をよく見かけたものである。書かれた春聯を天日に晒して乾くのを待っているのも美しい記憶に残っている。

 「倒福」(「福」の字を逆さまにしたもの)を貼る慣わしもある。これは「福が倒れている、逆さまになっている」と「福が来た」が同音だからである。一方、服喪中の家は、三年以内、春聯を貼らず、また貼るとしても、赤ではなく、青い紙に書かれたものを貼らねばならない。

 春節の前夜を「除夕」(除夜)と言う。「除夕」は一家団欒し、「年夜飯」(年越しの食事)を食べ、楽しく語り笑いながら、眠らずに新年の夜明けを待つ。この時、祖先の魂を家に迎えて、その位牌の前に酒や料理などを供え、客間の中央に「中堂」と呼ばれる祖先の肖像絵、家訓が書かれた掛け軸、家の系譜を示す家系図などを飾る家もある。「除夕」のこの習慣は「守歳」(しゅさい)と呼ばれ、実にめでたくてかつ厳かな時である。

 年越しに欠かさずに食べる料理は「水餃子」で、だいたい除夜の零時になると食べ始める。なぜ餃子を食べるかと言えば、古くは午後11時から午前1時までを「子時」(しじ、子の刻)、零時を「子正」(しせい、正刻のこと)と言い、まさに旧年と新年が入れ替わる時である。「餃子」は「交子」と同音であることから、餃子を食べることは「更歳交子」」(子正の時に年が入れ替わること)を意味する。特に北方では餃子は年越しの定番料理で、餃子なしには年越しにはならないといわれるほどである。この風習がいつから始まったのかは、不明であるが、史書によれば少なくとも明・清時代にはすでに定着していたということである。

 一夜明けると、春節その日には、必ず年始回りをする。親戚や隣人、同僚、友達の家にたずね、幸福で健康に過ごせるよう縁起のいい言葉を述べる。最近は電話や微信(ウィーチャット)などで新年のあいさつをする人が増えてきた。

 春節期間中、各地で「廟会」(びょうえ、縁日)を催す習慣もあり、とてもにぎやかである。そこでは人々は一年の平穏無事、家族健康、愛情円満、気候順調、五穀豊穣及び仕事の順調や商売の繁盛、事業の成功などを祈ることができるほか、地方劇、雑技、手品、獅子舞、切り紙、漫才などのような伝統的な民間芸能を鑑賞することもできる。また、無形文化財の展示や実演もあり、ローカル色豊かな軽食の屋台などがたくさん並び、多くの地元住民や観光客が訪れる。

 年越しにあたり、もう一つ取り上げなければならない催しは中央テレビ(CCTV)のスペシャル番組「春節聯歓晩会」(春節交歓の夕べ、略して「春晩」という)である。1983年から開催されはじめ、除夜の午後8時から翌朝の2時ぐらいまで放送される年に一回の大型番組である。歌、ダンス、漫才、伝統劇、コントなど盛りだくさんであり、基本的にはその年に最も売れた歌手やダンサー、スターが出演する。それを家族そろって看るのも春節の楽しみの一つになっている。放送される前に、プログラムを見ながら、好きなスターが出てくるのを楽しみに待つという人も少なくはない。しかし、一方で、それでは家族団らんの大事な時間を奪われてしまうという声も聞こえる。

 春節の連休は1週間ほどであるが、家族団らんのために、また幼い時の楽しかった思い出を取り戻すべく、どんな遠いところにいようとすぐに帰りたい衝動に駆られる人が多く、帰省ラッシュとなる。春節期間中の帰省のラッシュは「春運」と呼ばれている。「春運」は春節の前後約40日間続くが、交通機関は特別ダイヤを組み、切符販売の時期を早めたりして対応している。それにも関わらずなかなか列車の切符が手に入らないことがよくある。

 一方、最近は帰省せずに家族そろってレジャーに出かけ春節を過ごすケースも増えてきて、国内や海外を旅行する人々も増えてきている。

 ライフスタイルの変化に伴い、春節の過ごし方も変わりつつある。年越し料理も家ではなく店で食べる人が多くなり、また旧正月に配る「圧歳銭」(お年玉)などもウィーチャットペイを使ってやり取りすることが多くなっている。金額は膨らむのだが、昔のようにお札をもらう感激は薄らいできている。

 もうひとつの変化は爆竹の禁止だ。「魔除け」のお祓いということから爆竹や花火を鳴らす習慣があるが、最近は大気汚染や騒音防止などの理由から各地で「禁止令」が出されている。

 社会が激しく変化する中で、春節の形式のみが残り、場合によってはむしろ昔以上に形式的になっている部分もあるように思われる。一方、心の隅にある春節への楽しみ、憧れというものが薄れてきている。しかしながら年輩の方々にとって幼い頃春節に家族で食べた水餃子の味やお年玉をもらった時のうれしさは、忘れがたい思い出なのである。

2020年2月28日
福山大学孔子学院副学院長(中方院長)
郭 徳玉 記