-“危機”にあって問われること―

 いま世界中が新型コロナウイルス感染対策に慌ただしく、各国とも官民を問わず、ありとあらゆる部署の“リーダー”と呼ばれる人が、みなその対応に追われている。
 自分もこれまで企業の一員としてアジア通貨危機やリーマンショックといった世界経済不況、そして中国に駐在していた時は1989年天安門事件や2003年SARS流行、2005年の反日デモ等々、幾度となく様々な危機を体験してきた。そこから得た教訓とは危機管理が問われるときこそ、人や国家は、本性を現し、能力が露わになるということである。

 自分が『グローバリズム』という言葉を耳にし、その意味を問い始めたのは1990年代の終わり頃であった。40代初め、企業グループ間の異業種交流『マーケティング研究会』なるものに参加し、1年間「グローバリズムとは何ぞや?」というテーマで語り合った。月に一度の勉強会の他、米国シリコンバレーまで研修旅行にも出かけ、グローバル時代の最先端を追いかけた。参加者は金融や電機、化学、精密機器といったそれぞれ分野の社員で、まさに“侃々諤々”の議論が繰り広げられ、それなりに充実した機会であった。しかしながら、時代がちと早すぎたのか、最後に取り纏めたレポートは、いまから思えば極めて初歩的なものにとどまり、その後の“グローバル化”の拡大や将来像を予測できたとは言いがたい。
  それから20年以上がたち、ここ数年学生諸君を前に「グローバリズムとは、『人』『もの』『カネ』『情報』の流れの拡大である。」と、毎週のように語っているが、今回の新型コロナウイルスの世界的感染拡大により、これからは『ウイルス』を加える必要が出てきた。

 19世紀から20世紀に活躍した経済学者アルフレッド・マーシャルは”Cool Head,but Warm Heart.”(冷静な頭脳を持つ一方で、暖かい心を持とう)、またその弟子のケインズの“It is much more important how to be rather than how to do.” つまり、「如何に成すべきか、ということより、如何にあるべきか、ということのほうが大事だ。」という言葉を残している。言い換えれば何時なんどきも「Be gentle!(紳士たれ)」ということであり、それは時代や国、政治や経済といった分野を超え、普遍の人、国家のあり方なのだろう。

 『論語』にも、“危機”に直面した際のふるまい方について数多く記されている。言うならば『論語』は危機や変革の時に問われる“リーダーの資質”の指南書とも言えよう。
  「君子」とは、皇帝や首長のことのみを指すのではなく、様々なポジションにおける“リーダー”と、とらえれば判り易い。翻っていえば人はみな「君子」として自らを律する必要があり、「小人」の行動に陥ってはいけないということであろう。

 一人一人の危機管理能力が問われているこの時期としては、次の様な言葉が参考となろうか。

 「君子不器。」(君子は器(うつわ)ならず。)為政第二の十二
 君子は、一つのことにかたよることなく、幅広くその能力を発揮するべきである。

 「君子喩於義。小人喩於利。」(君子は義に喩(さと)り、小人は利に喩る)里仁四の十六
 学徳ともにすぐれた君子と言われる人物は、義(道理にかなった正しいこと)に敏感であり、学問はあるが徳性のない小人と言われる人物は、利益に敏感である。

 「君子欲訥於言、而敏於行。」(君子は言に訥にして、行いに敏ならんことをと欲す)
里仁四の二四
 君子は、口先は下手であっても、物事を実行することにおいては機敏でありたいと願うものである。言葉よりも実践することを重んじること。

 またリーダーの資質について次の九つにまとめている。 
 「君子有九思。視思明。聽思聰。色思温。貌思恭。言思忠。事思敬。疑思問。忿思難。見得思義。」 (君子に九思有り。視るには明を思い、聴くには聡を思い、色は温を思い、貌は恭を思い、言は忠を思い、事は敬を思い、疑いには問うを思い、忿(いか)りには難を思い、得るを見ては義を思う。)季氏第十六の十
 君子には、常に心掛けなければならないことが九つある。見ることは明らかでありたいと思い、聴くことは聡くありたいと思い、顔色は温和でありたいと思い、態度は恭しくありたいと思い、言語は誠実でありたいと思い、仕事は慎重でありたいと思い、疑いは問いただしたいと思い、怒れば後難のおそれあるを思い、利得を見ては正義を思うのである。
 要すれば、リーダーは次の9つの指針をもっていることが肝要である。(1)物事を観察するときは目を背けない (2)人の言葉をよく聞きく (3)自分の表情は穏やかにする (4)自分の態度は控えめにするよう (5)発言は誠実な言葉で (6)行動は慎重に (7)疑問に思うことは探求する (8)怒りを爆発させた後どうなるか想像する (9)利益を前にしたら道義に反してないか確認するできる人、上に立つ人はこれらの指針を常に心に留め、実践を心がけていること。

 また、こうも語っている。
 「君子固窮。小人窮斯濫矣。」(君子もとより窮(きゅう)す 小人窮すればここに濫(みだ)る)衛霊公一五の二
 君子といえども窮することはある。君子なればこそ窮する場合さえある。だが君子は窮しても平静な自分を守る。小人は窮すれば自暴自棄となってしまう。君子と小人に差があるとすれば、ただこれだけだ。

 「知者不惑、仁者不憂、勇者不懼。」(知者は惑わず、仁者は憂えず、勇者は懼れず)
子罕第九の三十
 知恵のある者は迷わない。教養のある者は嘆かない。勇気のある者は恐れない。

 いまわれわれ“世界市民”は一人一人が「君子」たるべき振舞いを求められている。

(平山 記)