『和而不同』と『楕円哲学』

 1978年8月12日、日中平和友好条約が締結されてから今年で40周年、昨年の国交回復 45周年と併せ昨年から今年の年末にかけて日中両国では様々な関連イベントが開催されているが、秋から年末に向けて総仕上げの時期となろう。

 『人民日報』を括っていたら、8月14日はシリーズ『見証―改革開放40年』第5回目として「大平正芳―“中国人民は彼の名前を憶えている(中国人民会記住他的名字)”」と題し、一面を割いて同氏の足跡、政治哲学や日中関係における様々な貢献について書かれていた。
 大平正芳は永年にわたり日中関係強化に尽力、田中角栄首相(当時)のもとでは外務大臣として国交回復を支えた。また1979年12月自身が総理として訪中した際は、ODAの一環として「日本語教育特別計画」に調印し、以降5年間中国人日本語教師として計600名の再教育プログラムを提供し、その研修センターは『大平学校』と称されるなど、日中友好の礎として活躍した多くの人材を輩出するなど、様々な貢献、業績を残している。 
 いま世界は米、中の二大国が経済的な均衡を巡ってせめぎあっており、これまで長年にわたり構築してきたグローバル・サプライチェーンが分断され、再構築の検討を迫られるなど、わが国をはじめとするすべての国々の経済が大きく揺さぶられている。そんな時節に『人民日報』が大平の“楕円の哲学”を取り上げたことはいささか興味深い。
 同記事では「“和而不同”から“楕円哲学”まで」との小見出しで、大平の政治哲学を紹介している。彼が読書家であったことはつとに有名で、“論語”や“老子”“荘子”といった中国古典哲学も愛読しており、「天道無親、大巧若拙」「真味是淡、至人是常」などの言葉を座右の銘を好んだという。また物事に臨む態度は「兼容幷包」(多くの事柄を包括する)「和而不同」(和して同ぜず)といった中国の伝統文化にも相通ずるものがあり、それは大平が若いころから持論としていた“楕円哲学”すなわち「ものごとに対し楕円形のように二つの中心を見出し、両者が均衡を保ちつつ緊張した関係にあることを理想とする考え方」にも似ているとしている。 
 社会学者の公文俊平は、1993年「大平正芳の時代認識」と題するコラムで、1979年1月大平が首相として初めての施政方針演説の冒頭で、 “文化の時代の到来” と “地球社会の時代” を、その “時代認識” の二本の柱としたことに注目し、そうした大平の考え方の中核にあるのが彼特有の“楕円の哲学”であると評している。

 中国からすれば、今や関心事は超大な“楕円”の二極が米国と自国ということになろう。
また日本からすれば、米中両国のみならずEUやロシア、はたまたアジア各国とそれぞれ“楕円”の関係を以って、いかにうまく均衡を保っていくかということになろう。われわれはここでもう一度、大平の説いた”楕円の哲学” を思い起こし、“均衡”と“寛容”の時代認識を再考し、みずからの文化や文明の再検討に努めると同時に、ますますフラット化そして混在化する世界への対応を再認識することを今改めて求められているのではないだろうか。 
 暫く老荘の宇宙観にも通ずるような大平正芳の“楕円哲学”が頭から離れそうにない。

平山 記