中国における日本語学習と教育システム

 今、世界の154の国や地域に548校の孔子学院と1193校の孔子学堂が開設され、大勢の方が通って中国語の勉強に勤しんでいる。
 中国語の学習者としては、きっと中国の日本語学習事情にも関心をお待ちだろう。今回は中国の日本語学習事情について少しご紹介させていただくことにする。

 2015年12月末現在、中国で日本語学科を設置する四年制大学の数は1219校のうち503校に上る。日本の国際交流基金が2016年11月に公表した「2015年度海外日本語教育機関の調査」によれば、中国の日本語学習者数は953,283人(うち約66%が大学生)であり、三年前の同調査の1,046,490人と比べ、▽9%とやや減少しているものの、中国はやはり世界一の日本語学習者数を有する国である。ちなみに、中国の2018年の日本語能力試験受験者数は116,995人で、ここ数年連続で増加しつつある。

 一般的には、中国における日本語教育の始まりは明の時代(1368年~1644年)に遡ることができるとされている。また近代では、1896年に、清朝政府により派遣された13名の国費留学生が日本へ渡り、日本留学の幕が開かれた。と、同時に、中国国内にも、東文館、東文学堂、日文館といった日本語教育機関が相次いで設立され、はじめて日本語学習のブームが起こった。
 1930年代に入ると、日本語及び日本研究に関する読み物数十種類が出版された。それらは、訳書、編著、教材、辞書などのジャンルがあり、また、内容的には日本語の文法、形態論、修辞、文章、慣用句及び日本文化、社会、政治、経済、軍事など多岐にわたっている。さらに、日本語の学習と研究を目的とした雑誌も刊行された。たとえば、1934年に創刊された『日文と日語』や1937年に創刊された『中華日語』などが挙げられる。これらの出版物は中国における日本語教育の基礎を築いたものであり、読者は日本語学習に情熱を燃やすことができたといえよう。
 1949年、中華人民共和国が樹立された後、一部の大学で日本語科が新設された。しかし、1950~60年代は中日両国の間には外交関係がなく、貿易も小規模な民間貿易に留まっていたため、日本語学科を開設する大学の数はそれほど多くはなく、設置した大学でも、学生の募集定員は20名以内に抑えられていた。
 1972年に、両国は国交を回復し、更に1974年には政府間の貿易協定が調印されたことに伴い、貿易規模がますます拡大し、日本語人材の需要も大きくなった。こうした情況の変化に応えるべく、日本語学科を設置する大学の数が増え、募集定員も年々増加していった。
 1978年になると、改革開放政策に転換を遂げ、日本から中国への投資誘致が促進され、その投資額も嵩むこととなった。こうした中で、中国の日本語教育は雨後の筍のごとく勢いがつき発展と拡大の時期を迎えた。「中国日本語教育研究会」、「中国大学日本語教育研究会」といった全国的な学術団体の発足や、『日本語の学習と研究』という学術誌の創刊、また「大平学校」と称された日本政府の支援による「全国日本語教師研修クラス」の開校は、すべてこの時期の出来事であった。経済に留まらず科学技術や文化面においても日本との交流がこの時期から本格的に開始し、日本語教育も重要視され、労働市場でも日本語を専門とする人材への求人倍率が高くなる一方であった。
 21世紀に入ると、日本語教育の規模はますます拡大し、経済のグロバール化、文化の多様化、教育の国際化、インターネットの普及及び中国経済の拡大につれ、日本語人材の育成の多様化、複合的、かつ応用的でなければならないという認識が日本語教育関係者の中に浸透してきた。知識がミックスされ、多様化した応用能力の高い人材が求められるようになったのである。今日、日本語教育がモデルチェンジと多様化した時期に来ているということができよう。

 特に、外国語教育においては、異文化コミュニケーション能力の養成に力点を置くようになってきた。異文化コミュニケーションとは、言葉や文化的背景が異なる人々の間で行われた交流活動のことである。異文化コミュニケーション能力の向上は、学生が相手国の国民の言行を理解し、特に、「不思議だ」、「当たり前だ」と思われたる点への理解を深める上では大いに役立っている。交流する過程では、十分に相手国のことを理解し、相手国の風俗・文化を尊重することは、「障害」や「垣根」を越えることができ、最も効果のある交流を図ることができることはいうまでもない。真の意味での意思疎通をすることにより、将来学生達が異文化理解の架橋、そして交流の絆になることが期待される。異文化コミュニケーション能力の養成は、中日間に存在する「隔たり」や「誤解」を払拭し、両国国民、とくに若者同士の親近感を増進させる上では、大いに寄与することを信じて疑わない。
 また、最近ではカリキュラム設置の複合型や多様性強化、国際化・中日大学の共同養成の推進、ビジネス日本語教育ウェートの増大といった特徴も窺える。マルチメディア、オンライン・ラーニング、同時通訳教室、ビジネス交渉教室、ムーク(MOOC、公開オンライン講座)、Eラーニングなどといった新しい教育手段も整備、導入されてきている。
 こうして、人材育成モデルが複合型化し、多様化するにつれ、日本語科学生の就職ルートも多分野、多業種、国際化の新しい形態を呈しつつある。

 日本語教育は、すでに規模が拡大し、設置大学の数も学習人口もすでに一定の規模に達しており、これからは、いわゆる「ポスト黄金時代」を迎えよう。こうした中で更なる質の向上、教育国際化の強化に力点を置くことが今まで以上に求められる。また、大学生だけでなく、大学院生やMTI修士(Master of Translation and Interpreting、翻訳・通訳コースの応用型修士課程)などいったハイレベルの人材の育成に更に注力していく必要性があろう。

2019年7月9日
                     福山大学孔子学院副学院長(中方院長)
                                 郭 徳玉 記